美少年
(びしょうねん) |
創業は宝暦二年(1752年)当主下田幸三郎が六代目藩主細川重賢より酒造株を拝受し酒造りが開始。美少年酒造株式会社は代表取締役社長緒方直明(五代目)の曽祖父緒方(初代)求太郎22歳の時、下田家より分家し本家から授かり明治12年(1879)美少年酒造の原点となる蔵元『緒方酒造店』として創業。
美少年の名の由来は二代目緒方求太郎が命名。彼はたいへん博学で芸術志向の高い人物で杜甫の詩をこよなく愛し『飲中八仙歌(いんちゅうはっせんか)』に詠われた愛酒家催宗之(さいのそうし)を讃える一節に『美少年』の銘をおもいついたのです。 |
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| 香露(こうろ) |
香露の醸造元、熊本県酒造研究所が開かれたのは明治42年(1909)。熊本酒の品質向上を図るべく、「酒の神様」と呼ばれた、故・野白金一博士が呼びかけ、地元の醸造家らによって結成された。会社組織となったのは大正7年(1918)のことである。
それまで赤酒という地元固有の酒が主流だった熊本はこの研究所のリードによって、一気に全国屈指の酒どころに成長していく。昭和5年には、全国新酒鑑評会で1位〜5位まで熊本県の酒が独占するという快挙を達成。「吟醸王国・熊本」の名を不動のものにした。
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| れいざん |
宝暦12年(1762年)創業の当蔵は、阿蘇五岳のひとつ根子岳の南側に位置し、通称「南郷谷」、最近は「南阿蘇」と呼ばれる九州のほぼ中央部にあります。 現在の酒蔵は、万延元年(1860年)に建てたもので、南国九州とはいえ標高550mの地点にあって、清涼の夏も然ることながら、極寒の冬もまた格別です。 霊山阿蘇のその世界一広大な外輪山より滾々と湧き出る山水は、飲用はもとより、醸造にも適した清冽な伏流水です。 「阿蘇の酒れいざん」は、まさに阿蘇の米、阿蘇の水、阿蘇の人によって醸され、育まれてきた文字通りの「阿蘇の酒」です。 |
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千代の園
(ちよのその) |
明治29年創業。酒名は初代本田喜久八が地域ともどもの繁栄と平和とを願いつつ、慶事にふさわしいなとして命名した。昭和42年、戦後初の純米酒「朱盃」を出荷。全国の純米醸造蔵による純粋日本酒協会の設立に参加するなど、純米酒普及向上のパイオニア的存在。 |
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